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二十六聖人の足跡

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豊臣秀吉のキリシタン禁令により慶長元年(1597年)大坂、京都でで捕えられたキリシタン、6名の外国人と20名の日本人は厳冬の中を長崎までおおよそ800Kmの過酷な道程を歩き続けた。途中、前原と唐津の中程の深江あたりから船に乗りここ唐津に立寄っている。

一行は町田川の札ノ辻橋傍の豪商、木屋利右衛門の船着場で上陸し木屋の屋敷に宿泊したと言われている。利右衛門は密かに一行を厚遇したと伝えられ、聖人達は十字の入った銅版を木屋に残していった(碑文の一部より) 
2月1日唐津を発ち長崎の西彼杵から船で時津町に入っている。 一行の中には12歳、13歳、14歳の少年が含まれていた。時津町にも上陸地の記念碑が建てられています。
長崎の二十六聖人殉教地はこちらから


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by takasago1699 | 2010-02-27 17:39 | 散策 | Comments(0)  

船繋石

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この場所はちょっと解かりにくいのですが、ジャスコの方から見て右前方に鏡山登山車道をまたぐ大鳥居の下の方に少しばかり旧道が残っている道筋にあります、バイパスの方からですと赤水窯の裏側です。
かってはこの辺まで海とつながる入江だったのでしょう。 537年神功皇后が朝鮮半島の三韓征伐の際この石に船を繋いだと言われる船繋石です。この時の青年将校、大伴狭手彦と佐用姫の恋物語があったのです。
鮎(アユ)と言う字は魚偏に占う、神功皇后が征韓の戦いを近くの玉島川でアユを釣り占ったのが由来だそうです。 


 
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by takasago1699 | 2010-02-19 22:12 | 散策 | Comments(0)  

虹の松原

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鏡山東側のやや高台からの景色です。                                           もう少し右側の方に目を向けますと おさかな村 があります。すぐ下の方に唐津ー福岡間のバイパスが走り西九州道へと繫がります。
残念ながらこの日は曇り空でした。
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by takasago1699 | 2010-02-12 20:33 | 散策 | Comments(2)  

耶馬台国への道

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ここは唐津市呼子町、市中心部より北西端にあり、そのまま延長すると朝鮮半島に至る。
風の見える丘から眺めた呼子の町並み、ず~と先のほうが唐津中心部です。

中国の歴史書の中の魏志倭人伝に女王卑弥呼が治める耶馬台国の記載がある、西暦240年頃のことである。 所在地が九州か奈良地方の畿内で論争が続いている。

韓国のソウルあたりから沿岸沿いに釜山(狗耶韓国)に至り~対馬(対馬国)~壱岐(一支国)を渡り、この呼子に上陸し、唐津(末盧国)から前原(伊都国)~福岡市周辺(奴国、不弥国)に至る、ここまでははっきりとしているが、.....ここから先が解からない、...記載されている文面の解釈の方法で畿内説と九州説に分れ決着がつかない...幻の耶馬台国である。  九州説でも幾つかの地が名乗りを上げていますが、はたして何処か??...論争はつきないでしょう。
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by takasago1699 | 2010-02-01 11:57 | 散策 | Comments(0)