佐用姫

佐用姫のこと、以前にも書いたことがありますが、ふと考えていたら、市内の三か所に佐用姫像があった。
現在の市内厳木町が生誕の地と言われる佐用姫、
昔(537年)、都より兵を率いて松浦の里(現在の唐津)に滞在していた将軍大伴狭手彦(おおとものさでひこ)は、長者の娘佐用姫と恋に落ちたが新羅(現在の韓国の一地域)に出兵を命じられ、船出の日が訪れた
佐用姫は、鏡山の山頂の頂より領布(袖)を振り名残を惜しみ、ついに船を追って呼子の加部島へ渡ったが別れの悲しみのあまり石になったという(日本三大悲恋物語の松浦佐用姫伝説)
大伴狭手彦と言われても馴染がないが? 一族に後の歌人で大伴旅人と言えばピンとくる。

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これが生誕地と言われる厳木の道の駅に在る像、
観光PR用でしょう、電気仕掛けで回転しています。
可なり大きな像ですよ。
誰かに似てるって言えば、かっての歌手で三人娘の一人に似てるといつも思う。



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鏡山の山頂で別れの領布(袖)を振る佐用姫、
で、鏡山のことを領布振山とも言うんだよ。
この像は焼物で出来ていて、人の大きさよりも大きめかな~
唐津の窯元で作られたようですが何所かに有ったものを近年ここに
設置したようです。
ちょっと色黒って感じ。
何代目だろうか、領布振松も植えられています。



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鏡山の山頂から見送ったものの、恋しさつのり北西の端の加部島まで追ったがその姿はなく
泣き崩れて石になったとか??
これが加部島の佐用姫像、美人です。



b0131046_22481044.jpg加部島の田島神社にある佐用姫神社、 田島神社に詣でて夫の安泰を祈念しながらも泣き息絶えて神石になった、この望夫石をお祀りしているのがこの神社です。
佐用姫の想いが通じて狭手彦は無事帰国した。縁結びの神様として祀られています。




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by takasago1699 | 2011-07-01 23:03 | Comments(0)  

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